心が叫びたがってるんだ。

感想とレビュー

●ファンタジー要素を巧みに取り入れ、今どきの高校生をリアルに描いた青春群像劇
「あの花」のメインスタッフによる秩父を舞台としたオリジナルアニメーション作品。

主人公・成瀬順は、幼いころに見たとある出来事を話してしまったことがきっかけで家族がバラバラになってしまった。
突然現れた玉子の妖精によって言葉を封印されてしまった順は、高校生になっても喋らずに過ごしていたが、地域ふれあい交流会の実行委員に任命されてしまい、担任の思惑によりミュージカルをやることに。
同じように任命された坂上拓実に呪いのことを話し、ミュージカルなど到底できるわけがない、と告げるが、
「喋れないなら…うたってみるのも、アリなんじゃない？」
彼のその意外な言葉によって彼女の世界は大きく変わっていく…というストーリー。

玉子の精に言葉を封印される、という出来事はとてもファンタジックなのだが、
目撃してしまった秘密や、バラバラになってしまった家族、クラスでミュージカル…意外と現実味が強い要素も多い。
このバランスがとてもよく計算されているため「意外とこういうことあるかも」といったリアルさを生んでいて、彼女らの思いや、悩みや、言葉は、思った以上に私たちの心に刺さってくるような気がした。
主人公たちの性格もそうだ。順は喋らないが、幼いころからずっと夢見がちで空想の世界に耽ることが好きな女の子だし、拓海は本音を隠すのがうまく、その場を丸く収めるための発言が多い。
菜月はポジティブな発言が多く、裏表もないが、ある想いを言えずに閉じ込め続けている。
大樹は、さまざまな事情で荒み気味だが、基本は素直な性格で、言葉はとても直球である。
空気が読める子、立ち回りがうまい子、行動派な子、口数の少ない子、ノリの良い子…さまざまだが、どのキャラも地に足がついた設定だ。拓海の所属するDTM研などは、まさに現代の高校生らしいリアルな設定だと思う。
まだ子供らしさがあるのだが、大人でもある彼女らが互いにバランスを取り合って、一つのものを完成させていく姿、そして恋をして、恋に悩んで…そんな彼女らを純粋に応援したくなる。現代の高校生のキラキラ輝く青春とファンタジーとを、うまく融合させ丁寧に描いた作品だ。

●傷つき閉じこもる心を玉子で表現
いわずもがなだがこの物語でキーワードになってくるのが「玉子」だと思う。
過去のトラウマから話すことを避けてきた順。順だけでなく、拓実も菜月も大樹も皆、何かのトラウマや傷を抱え、心の殻を破ることを恐れている。
その弱く脆い殻が破れたとき、むき出しになった心がどのように混ざりあっていくのか。殻のなかに閉じ込めていたけれど、本当はずっと叫びたかった言葉とは何だろうか？
言葉と想いと心の殻。そして成長していく彼女らの姿が、玉子をモチーフに巧みな表現で描かれている。

●演劇ではなくミュージカルというアイディア
喋るのは難しいが、歌うなら…という理由もあると思うが、交流会当日のステージとその裏で動く拓実と順のやりとりが交互に展開され、音楽と歌とセリフが見事にシンクロする瞬間は、作中劇というだけではなく本編そのものが「心が叫びたがってるんだ。」というミュージカルのよう。
水瀬らキャスト陣の声も美しく、力強く、伝わってくる彼女らの想いに思わず鳥肌が立った。
セリフと演技力で表現し伝える演劇ではなく、言葉では伝わらない想いを乗せて響く歌をふんだんに取り入れたミュージカルというアイディア、まさに「心が叫びたがってるんだ。」という言葉をそのまま表現したものとなっている。